こんにちは、ずず(zuzu)です。
『Elvis:What Happened?』第11章の後半は、特に感想ないなーと思っていました。
しかし、前回の記事を書き始めるとやっぱり色々書きたくなり(笑)
前回の続きになりますが、サン・レコードのサム・フィリップスが、エルヴィスとの契約を7,500ドルで売却しようと、ドット・レコードのランディ・ウッドに持ちかけましたが、エルヴィスのヒットは一時的なものとして断られました。
その頃トム・パーカー大佐は、サン・レコードのボブ・ニールに代わって、エルヴィスのマネージャー業務をするようになりました。
ところが大佐は、エルヴィスが出演していたカントリーミュージックのショー『ルイジアナ・ヘイライド』に、エルヴィスをもう出さないと言います。
そして、ニューヨークに行くと言い出します。
エルヴィスとブルー・ムーン・ボーイズのメンバーは、以前『アーサー・ゴッドフリー・ショー』のオーディションを受けにニューヨークへ行ったが、相手にされなかったことを訴えました。
エルヴィスの周りの人間は、大佐がホラを吹いていると思いましたが、すぐに考えを改めることになりました。
ランディ・ウッドから契約を断られて3ヶ月も経たない頃、大佐はRCAビクターとの話をまとめ、エルヴィスのレコーディング契約を、当時としては空前の35,000ドルという高額で売却するのです。
そして、RCAからリリースされた最初のレコード『ハートブレイク・ホテル』は、瞬く間にミリオンセラーとなり、その後、RCAから再リリースされた4枚のシングルもミリオンセラーとなって、続けてレコーディングした『アイ・ウォント・ユー、アイ・ニード・ユー、アイ・ラブ・ユー』もミリオンセラーになりました。
それがエルヴィスが大ブレイクした1956年の出来事です。
ソニー・ウェストは、メンフィス・マフィアの中では、一番大佐に距離が近かったとのこと。
だからソニーは、大佐についての全ての話や過去については、くだらないことに聞こえると言っています。
ソニーは大佐のことを、タフで働き者、非凡な才能と昔気質の良識を持っていた、だから成功したのだと言いたかったのだと思います。
エルヴィスは大佐から離れたときは、喜んでいたそうです。
しかしソニーは気づいていました。
大佐がいなければ、エルヴィス・プレスリーにはなれなかった。
ふたりは、ふたりそろっていないと完成しなかったことを。
RCAはエルヴィスとの契約を35,000ドルという法外な金額で購入した後、エルヴィスに気前よく5,000ドルをボーナスとして支払ったそうです。
エルヴィスはその5,000ドルを全部使って、母グラディスにかの有名なピンク・キャデラックをプレゼントしました。
それはまるで、グラディスと過ごせる時間はそう長くはないことを、エルヴィスは予感していたかのようだったと。
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ソニーが大佐と距離が近かったというのは、プリシラ・プレスリー著『Elvis and Me』の中で、ソニーとジェリー・シリングは、エルヴィスのことを聞き出そうとする大佐から、頻繁にドライブに誘われていたというエピソードがあったとおり、事実だと思います。
実際の大佐を仕事ぶりを知ると、黒い噂はどこかへ飛んで行ってしまうほど、大佐は有能だったのでしょう。
RCAは想定外の大ヒットの連続で、大金が舞い込んだことはもちろんあるとはいえ、35,000ドルで契約を決めた時点で、金銭感覚がマヒしたんじゃないでしょうか(笑)
だからエルヴィスに小遣いを渡したのかもしれません。
ピンク・キャデラックを贈られたグラディスは、運転免許を持っていなかったそうですね。
そのピンク・キャデラックは、現在もグレイスランドの自動車博物館に展示されています。
エルヴィスとレッド・ウェストがお気に入りだったピンク・クラウン・ヴィクトリアは、業務用として距離を乗っているので、廃車にしたのでしょうか。
もし今でもピンク・クラウン・ヴィクトリア見ることができたら『Elvis:WhatHappened?』のレッドのエピソードを思い出して泣き笑いしそうです。
今日で第11章についての記事は終わりです。
またね。